あるご婦人の質問です。
「先生、お願いいたします。ご質問ですが……」
「はい。どうしましたか」
「3歳になる私の孫長女のことです。生後3ヵ月目のころに、どうも様子がおかしい、ということから病院で調べていただきましたところ、脳に異常があることが分かり、すぐに手術をしていただいたのですが、その後の発育が遅れていまして、身体も弱くこの先どうなるかと思うと、心配で、心配でしかたがありません。何とか早く良くなって欲しいと思うのですが……。次男夫婦も、ともすればそのことで頭がいっぱいのようでして……」
と、一刻も早いお孫ちゃんの病気の快復と息子さんご夫婦のことを案じている様子。
「はじめてお目にかかるようですが……、こちらへいらしたのは初めてですか?」
「はい。主人の妹からこの会のことを教えてもらいました。今日、初めて質問させていただきます。孫には……何とか良くなって欲しいと、せがれ夫婦共々いつも願っております」
というおばあちゃんに、
「いいですか、最初に言っておきますがここは病気を治すところではありませんよ。この教えでは、病気になった原因――あなたの誤った考え方、根性――が必ずあります。それを話し合い、気がついたことをお詫びし、二度と同じ過ちを繰り返さないように自分自身で心持ちを変えていく、そういう教えです。病気はお医者さんにおまかせするのですよ」
と先生からお教えいただき、ちょっと当てが外れた様子。
やおら先生は対応に入りました。
「それで、お孫ちゃんはどちらの?」
「次男の初めての娘です」
「ご家族は?」
「はい、いまは主人と両親の四人で暮らしています」
「お子さんは?」
「男の子ばっかり3人です」
先生はさらにご主人のことをお尋ねになります。
「ご主人はお勤めですか?」
「はい、サラリーマンです。でも……」
「でも、なんですか」
「実は両親が先代からのハウス栽培をやっておりました。私はいずれお嫁にいって、幸せな結婚生活を……と思っていたのですが、弟が高校に入ろうかというときに病気で突然亡くなったのです。そんなことでやむなく私が跡を継ぐようになり、お知り合いの紹介で主人とお見合いし、婿に入ってもらったのです。でも、主人は会社に勤める、の一点張りで結局ハウス栽培のほうは私がやっているのです」
「そうやって、家業を継げるということは有り難いことです。感謝していかなくてはなりません。感謝は感謝を生むのですよ。それを愚痴っているのでは申し訳ないですね」
「はあ……。でも注文が重なったときなど出荷作業で、それはたいへん忙しくなるのです。しかも相当力の要る重労働なのです。親の世話もしながらということでつい、『女の私がこんな重労働をしているのだから、少しは主人も手伝ってくれてもいいのに……』と思うこともしばしばありました」
「ご主人がおうちに入ってくださるということだけで有り難いことではありませんか。ご主人が会社に勤めてくれているから、あなたはご両親が守ってくださった家業に専念できるのでしょう。それを不服に思うなんてとんでもありませんよ。いいですか、愚痴は愚痴を呼びますよ」
先生はすかさずご夫婦のことについてお尋ねになります。
「夫婦生活はどうですか?」
「はい、あまりに仕事がきつく、疲れてしまいますので、そういうときは先に休むこともありました」
「ご主人の気持ちになったことはありますか。夜は一つ布団に二つ枕。夫婦は身も心も一つになっていることが大切だ、と教えていただいていますよ」
「……」
「家を継ぐことになったときの自分の心、それからご主人をお迎えしてからずっと思っていたこと、その当時のことをよく振り返り、あなたの気持ちがどうだったか、そして日頃ご主人に思っていることもよく考えてください。そして、何か気付いたことがあったらご先祖様、氏神様にお詫びをするのですよ」
「はい。ありがとうございました」
ご婦人は帰路につきました。先生から教えていただいたことを思い返しました。
『なんで私が農家を継がなければいけないのか……』と思いはしたけれど、結局両親の言うとおり、主人に婿として入ってもらい自分が家を継いだことは事実だし……。二人、三人と子供が生まれたときだって、親の世話をしながら出荷作業をはじめ、どんなに忙しいときだって何とか自分はやってきた。主人は勤めてくれてはいたけれど家のことはほとんどやってくれなかったし……と、家事、子育て、親の世話、家業と考えれば考えるほど、『よくこれだけ忙しいなか、なんとかやってこれたものだ』と自分は一所懸命家族のためにやってきたという思いが浮かんできます。

 それから半年ほど経ったある日曜日の夜、たいへんなことが起こりました。その日、久しぶりで次男さんたち家族といっしょに食事に出かけました。おいしいものをいただき、話に花が咲き、皆満足して家に帰ってきました。全員車から降りた後、息子さんは道路に止めてある車を屋敷の中に入れようと外に出て行きました。そのとき、2歳になる孫長男が父親の後を追って外に出て行ったことに誰も気付きませんでした。
外で突然叫び声がしました。その悲鳴に皆が飛び出してみると、車の右後方にお孫ちゃんが倒れていました。皆気が動転していたのですが、すぐに救急車を呼び病院へ搬送していただきました。震えて誰も口がきけません。
『自分があのときもっと気をつけて孫を見ていれば……』と誰もが自省の念にかられます。
しばらくして医師から検査結果の説明がありました。肋骨が四本折れ、そのうちの何本かが肺に刺さっていました。額には大きな裂傷痕があり、胸にはタイヤの跡も残っていました。
知らせを受けた娘さんのお里の方々も駆けつけました。そして皆で一心にお孫ちゃんの無事を祈りました。誰一人このことで責め合うことはありませんでした。
集中治療室でのお孫ちゃんは、別人かと思うほど顔が腫れ上がり、痛々しい姿で小さな身体で痛みと戦っておりました。お医者さんは、
「血が止まらないので輸血も必要になるかも」と、そちらの手配もされておりました。
翌日です。早速ご婦人は質問されました。
「孫が……、孫長男がせがれの車に轢かれてしまいました。私の心得違いを、私の心得違いをお教えください」
と、ご婦人は前夜の経緯を詳しくお話されました。
先生はじっとご婦人を見つめながら、ひととおりのお話を聞き終わると、静かにそして力強くお教えになられます。
「親不孝ですね。先祖代々受け継がれてきた家業を、あのときどう思いましたか!」
「何で私が農家を……と思いました」
「お父さん、お母さんが家業をしっかりとやられてきたからこそ、今のあなたがあるのですよ。ご両親が先代から受け継がれてきたものを、しっかりと次代につなげようとされていることに感謝の心を持つのは当たり前のことでしょう。それを不満に思うとは言語道断です。親不孝以外の何ものでもありません」
「はい、申し訳ありません」
先生は続けてお諭しになります。
「2人目の息子さんが授かったとき、どう思いましたか?」
「ハウスの仕事があるし、ただでさえ大変だというときに、よけい大変になる、という気持ちが……」
「胎教ですね! 親の言うことを素直に聞かないで、娘らしくないばかりか、子供は天からの授かりもの、それを不満に思うとは天をも恐れない不埒(ふらち)な心、とんでもない感謝知らずです。ご先祖様、氏神様、ご両親そしてご主人によくそのことをお詫びすることです」
ご婦人は帰路、先生から教えていただいたことを一つひとつ思い返し、改めて当時の自分の気持ちを真剣に振り返りました。そうすると、今まで『自分は家族のために、汗水たらして一所懸命働いてきた、決して間違ったことなどしていない』と思っていたことが、とんでもない、間違いだらけだったことにようやく気付くことができました。
『私を育ててくれた両親に対して自分は娘らしくなかった。先代からの農家の仕事に不平不満をもっていた。親不孝だった。家を継ぐために結婚してくださった主人に対しても感謝の念を持たなかったばかりか、私だけが重労働しているのだ、と思っていた。うぬぼれていた。そして次男を身ごもったときに、よけい忙しくなる、大変になると、とんでもない思いを持った。ずっと主人をないがしろにしてきていたんだ……』
そう思うと両親、そして主人に申し訳なかったという思いにかられ、自然に涙があふれでてくるのでした。早速ご先祖様、氏神様に手を合わせました。
事故にあったお孫ちゃんですが、3日目頃より段々出血の量が少なくなり、手術することなく自然に血が止まりました。それから4日目には、個室に移ることになりました。以後、日に日にお孫ちゃんの状態が良くなり、10日目には病院の先生から「退院してもいいですよ」という思いもよらないお言葉をいただきました。さらに心配していた眼のほうも良くなり、「肋骨のほうも自然に良くなるでしょう」という有り難いお言葉もいただけました。
後日、ご婦人の明るい姿が道場にありました。
「事故にあった孫ですが、あれからどんどん良くなりまして、十日目の夜に退院させていただきました。その日には家の中でボール投げができるほどにさせていただきました。本当に夢を見ているようです。おかげさまです。
それと上の孫娘ですが、この一年でずいぶん成長の兆しが見え、右手足の麻痺もだいぶ良くなり、時間はかかりますがなんでも自分で努力してできるようになり、落ち着きも出てまいりました。本当におかげさまをいただき、息子夫婦も明るく過ごさせていただいております。
もしあのとき、妹から報恩会のご縁をいただかなかったら、今頃どんな結果になっていたかと思うと……、私の間違いだらけだった根性を教えていただいたことを有り難く思っています。これからは主人を大切にし、感謝の気持ちを忘れず精進していきます」
との、お礼と誓いの言葉が聞かれました。

(『報恩』平成22年5月号より)