悩みごとが生じたとき、ただ感情に任せて怒ったり嘆いたりしていたのでは良い結果にはたどり着けません。なぜそのようなことになったのか、目の前に現れたその事象をどうとらえ考えてゆくか、冷静に自分の心と対峙することこそ解決への糸口、初めの一歩です。人間らしい温かい心の持ち方さえできていれば、事態は自然とよい方向に向かいます。

しかし、悩みの真っただ中にあっては、自分の何をどう考えるべきなのか、わけがわからなくなるのが私たちなのではないでしょうか。
そんなとき、道場で、あるいは地方の修養会で、講師の先生から、心の持ち方、考え方について具体的に教えていただいて、心の軌道修正を自分自身で行う、それが「質疑」の時間です。

 

「先生、娘のことでご質問させていただきます。よろしくお願いします」
以前から時々お話を聴きに来られる六十代の女性。今日は見るからに困り切ったやつれた様子で質問台に座っておられます。
「実は嫁にやった長女ですが、結婚生活がなかなかうまくいかないということで、今別居して私どものところに戻っております。もうそろそろ一年になります。
あまり長くこうしていてもと思いまして、もういっそ離婚したほうが娘のためによいのではないかと家族で話し合いましたが、結論が出ません。
私の心得違いを教えていただきたく、よろしくお願い申し上げます」
「これはしかし、一番の問題はご本人がどう考えるかでしょう。一体、不仲になった原因は何なのですか?」
「娘はあまり詳しくは話しませんのでわかりませんが、性格の不一致というのかと思います。主人と私は、初めのうちはちょっとした夫婦喧嘩だろうくらいに思っていましたが、何日経っても娘の主人が迎えに来る気配もありませんし、それでとうとう一年近くが経ってしまいました。
そんな冷たい男なら早く別れさせたほうが本人のためかもしれないと主人と話し合いまして、昨日、娘を交えて親子三人で話し合いました。もうキッパリとケリをつけて離婚したほうがいいのではないか、早いほうがいいのではないかと申しますと、どうも本人はふんぎりがつかない様子です。
自分にも悪いところがあったと思うと言います。
先方は何をどう考えているのか、娘だけが一人で苦しんでいるように思われるのです。それで……」
「あなたの話を聞いていると、本人じゃなくて親のほうが先に結論を出して、早く離婚したほうがいいんじゃないかと思っておられるようですが、どうですか」
「いえ、ただこのままずるずるしていてもどうなんだろうと思いまして……」
「お嬢さん本人がどうしたいかでしょう? 親が決めてしまうなんてとんでもない話ですよ!」
「……はい」
「早く別れて……、もっといい縁談があるんじゃないかと思っているのではないですか」
「……はい。実はそういう思いもございます。主人とそのように話し合いました」
「とんでもないことですよ。どのようなお嬢さんで、おいくつの方なのか知りませんが、そんなに簡単に次に素晴らしい縁談があるだろうと考えたって、そんなうまくはいきませんよ」
「……はい」
「お嬢さんはいつ結婚なさったのですか」
「二年半前です。三十八歳で結婚し、二人とも会社に勤めて夫婦二人で暮らしていましたが、どうも暗い顔つきをしているなあと思っていたところ一年半ほどで家を出てしまいました」
「他にご家族は?」
「長女の下に息子がおりますが、四年前に地方の会社に就職しました。主人と二人暮らしのところへ長女が戻ってきました」
「お子さんが二人とも巣立ったと思っていたところに、一人帰ってきたわけですね」
「はい」
「あなた、お嬢さんを結婚させるとき、どんなふうに考えましたか。
報恩会ででは『やったらやりっきり』と教わっていますよ。お嫁に出したら、たとえ相手さんのご両親と同居するわけでなくても、もう自分のうちの者ではなくなるんです。そのへんの『けじめ』がちゃんとついていたでしょうか。
「……はい」
「ちゃんとやっているだろうか。慣れない家事で大変じゃないか。婿さんが大切にしてくれているだろうか。何か不便で困ってやしないかしら……ってね、母親は特に気になって心配で仕方ない、そんなこと、ありませんでしたか」
「はい。『やったらやりっきり』ということは教えられていましたので、なるべく娘のことは考えないようにと思っておりましたのですが、たまに電話で話をしてもあまり楽しそうでもないようなので、ついつい気になりまして……」
「結婚させたら、もう自分たちのものじゃないんです。そこのところにキッパリとけじめをつけないと。しっかり子離れしないといけなかったですね。
それから、夫婦だけの生活になっていたところにお嬢さんが帰ってきて、困った、困ったと言いながらもどこかお嬢さんに頼るような思いがありませんか、あなたの中に」
「……確かに、それはとてもあると思います。先日、自分でそのことに気が付いて、これはいけないと反省しました」
「そうでしょう。一緒に暮らしていれば、可愛い娘ですもの、そうなります。でも、それがさらにお嬢さんを迷わせることになるんですよ。無意識のうちにね」
「はい。申し訳ありません」
「とにかく、お嬢さんの人生なのですから、本人がどう思っているかが一番大切。あなたはキッパリとけじめをつけて、嫁に出した娘だということをよく自覚してくださいね」
「はい。有り難うございました。やはり私が、心にけじめをつけていなかったことがいけなかったと思います」

その数日後、今度はご本人がお話を聴きに来られました。質疑を申し込まれると午前中は真剣な面持ちで講師のお話を聴いておられます。そして質疑の時間です。
「初めてこちらに伺いました○○の娘の××です。先日は母が教えていただきまして有り難うございました。離婚に踏み切ったほうがいいのかというので、とても悩んでいます」
「お母さん、心配していましたよ」
「はい。両親には本当に申し訳なくてたまりません。
戻ってきましてすぐに母から勧められて報恩会のご本を読ませていただいております。その中で自分の頑なさというものに気がつくときがございまして、やっぱり私にも悪いところはたくさんあると思いまして、やり直す方向で、とも思うのですが、もういやになっている気持ちもあります」
「あなたはご主人にいいところがあって結婚されたんでしょう」
「はい」
「それじゃあ、何が一番合わないんですか。まさか生理的にいやだと思ったけど我慢して一緒になったということはありませんね?」
「はい。そういうことはありません」
「そこが一番肝心ですからね」
「遅い結婚でしたけれど、好きな人が出てくるまで待ってよかったと思いました」
「それなのに、どうしてだろう。結婚してから合わないところが出てきた?」
「そうですね、価値観というか、例えばお金の価値観もちょっと合わないところがあって……」
「どういうふうにお金の価値観が合わないんですか」
「主人は割とお金を使いたがるというか……、貯金などしないで散財しようという感覚なんですけど、私は、まだ子供も望めるかもしれないと思って節約してコツコツ貯めたいという考えなのです。
それで意見が合わず、また生活の中での細々としたことでも主人が衛生的でないことをすると怒りを覚えたり、そういう小さなことの積み重ねです。主人は割と激しいタイプで、口げんかになってしまうのです」
「ほう。ところであなた、結婚するとき、気持ちにけじめがありましたか。お里の人からご主人の家の人になるんだという覚悟があった?」
「うーん。今思うと、特には覚悟していなかったと思います」
「結婚するときにはね、本来は相当の覚悟が必要なの。新しくこの人の家の人間になりますという気持ちでないと、ご主人より偉くなっちゃう。うぬぼれてしまうんです。そうすると、相手の短所が見えてくる。
よく言うでしょ、結婚するまでは相手を両目でよく見て、結婚したら片目で見ろって。両目つぶっちゃうくらいの気持ちでいいんです。相手の欠点に気が付く。あ、いやだな、ここも。あ、ここもいやだな……と、つい相手を責める。
それを口には出さない、ケンカはしないと言っても、心の中で思うということはね、攻撃していることと結局同じなんですよ。だからご主人にとりますと、『何だ、あいつは!』って。人間口に出さなくても感じますからね。
それから、お休みになるとき。お布団は一緒でしたか」
「初めは一緒でしたが、眠れない気がしたものですから途中から別にしました」
「そうですか。それではひじ鉄砲があったのではないですか。あなたも外で仕事をしていらっしゃる。となると、まあ疲れたということでご主人を拒否するようなことがなかったでしょうか」
「……あったように思います」
「男性はね、それが一番頭に来るの。それがあると精神的に安定しない。求めて拒否されると、情緒不安定になる。激しいタイプっておっしゃっていたけど、そうういことが影響していたかもしれませんね。本当に夫婦として一つになっていないからそういうことになっちゃう。
かわいそうなのはご主人。私は男性だからということで言うわけじゃないんですよ。男はそういうものなんです。
あなたが変わってね、本当に夫婦が一つになればすっかりご主人は変わる。そんなもんです、男性は。
それから、お財布はひとつ、つまり二人のお給料を一緒にして、それで家庭の経済をやって、めいめいお小遣いも、というふうにしていましたか」
「はい」
「それなら結構です」
「女性ができたというわけではないんでしょう?」
「はい。たぶん。そういうことはないと思います。ここしばらく会っていませんのでわかりませんが……」
「ここまでお話してきて、あなた、離婚することを望んでいるように思えないですけど……。ご主人から何も言ってこないということは、たぶんご主人も一〇〇%あなたと離婚しようという状態ではないと思う。
あなたね、美人だけれど、あまり笑顔がないんじゃないかな。まあ、離婚しようかどうしようかという大きな悩みを抱えてニコニコしている人もいないだろうけど、そうじゃなくて、ご主人と一緒に生活している中で、ニコニコして笑顔で『行ってらっしゃい』ってやっていましたか。
そんな些細な、と思うようなところで、男はうれしくなる。ホッとするんですよ」
「そういえば、主人に顔が怖いと言われたことがありました。別に機嫌が悪いわけではなかったんですけれど……。そういう女らしさのようなものが欠けていたかもしれません」
「そう?」
「はい、なんというか、潤いのようなものがなかったかもしれないです。私も忙しいものですから、休みの日などはたまった家事をするのに必死で、なんでもきちんとしていないといやなものですから……」
「いいのよ。家なんか散らかっていたって。死にゃあしません。
そんなことよりご主人の好みに合わせて、きれい好きなご主人ならきちんとお掃除して……、掃除よりもどこかに出かけてパッパッとお金を使って遊びたいご主人なら、それにあなたも合わせるの。難しくない範囲でね。それが夫婦円満ということ。
そうやってあなたがご主人に合わせて、本当に夫婦がひとつになれば、ご主人のほうから、あなたの好きなように貯金もして家もきれいにしようと言ってくれるようにもなる。そういうものです。
離婚届を出しているわけではないでしょう? あなたにそのお気持ちがあるんだったらね、あなたの幸せの道というのは今のご主人との生活なのではないかな。
ガラッとモデルチェンジをしなさいということではないのよ。少し変えるだけ。ニコニコして明るい奥さんになればいいんですよ」
「はい。自分がどうしたいのか、わかってきた気がします。元は優しい人だった主人をあんなふうに怒らせてしまったのは私だと思います。彼の気持ちを聞いて。そしてこれまでのことを謝りたいと思います」
明るさを取り戻した表情に心の変化も見て取れました。きっと教えていただいた通りに、しっかりと実行されるに違いありません。
このように、普段は気がついていない自分自身の本当の姿を知ることは、幸せになるための大きな一歩となるのです。

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